1985年8月12日、東京発−大阪行きの123便が524人(乗員15人・乗客509人)が18時12分に離陸し、僅か10分程度で機体に異常が発生し、羽根田空港に帰還しようとしたが、操縦不能になり高天原山に激突するといった大惨事が発生した。
事故原因に関しては事故調査委員会と反対意見説もあり、真実は未だ曖昧である。
真実に関しては、多くの参考資料、参考サイトがあるので、そちらに任せるとしよう・・・
この事故で亡くなったのは520人・・・
現地救助にあたった方々はそれぞれ、地獄を見たという・・・
一瞬で520人の命を奪った衝撃、爆発、火災である。
正に地獄絵を見る風景であっただろう。


このような事故から20年、亡くなられた方へのご冥福をお祈りいたします。
しかし、日航機は、この20年間何をしたのであろう?
現在もかなりのミスが目立っている。
接触・しりもち・落下・接触・・・
多くの人間が利用する飛行機、もちろん、交通事故のほうが年間死者数などは多い、事故の確率といえばかなり低い確率であろう・・・
しかし、一瞬で大勢の人名を奪う可能性がある乗り物だという認識を再度し、520名のために、このような事故を二度と起こさない気を引き締めていただきたい。
520人の命を無駄にしないでほしい。

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