食人・奇形・猟奇事件研究所 猟奇殺人ファイル0028
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1948年1月26日東京の帝国銀行(現・三井住友銀行)に東京都衛生課を名乗る人物が現れた。 44〜45歳程度の年齢で、いかにも医療関係者という雰囲気であった。 その男は近くで赤痢が発生したので予防薬を持ってきたと言い、その場に居た16人に飲ませた。 内10名は絶命、6名が病院に運ばれたが2名が死亡・・・12人の命を奪ったのである。 事件現場予防薬と言った薬には青酸化合物が入っていた。 また、銀行からは現金16万円と、小切手1万7000円分が盗まれた。 しかし、金庫に入ってあった35万円は金庫に鍵がかかっていなかったのにもかかわらず残っていた。 ※大卒初任給は当時5000円程度 手配書8月21日に画家の平沢貞通さんが逮捕された。 犯人を見た人間との面通しを行ったが、はっきりわからない内容であった。 しかし、警察は犯行を否定した平沢貞通に対してしつこく自白を求め、ついに平沢さんは自白した。 そして死刑判決は下されたのである。 しかし、この事件には色々裏が存在する。 当時の日本はGHQ(連合軍総司令部)が日本を支配していた時代である。 警察は、犯行を元731部隊の関連者と当所考えていた。 そして調査の結果、50人からアリバイも無い、一人の男・諏訪軍医中佐を洗い出していた。 しかし、世に731部隊の存在を知られるのをGHQ(連合軍総司令部)は嫌がっていた。 また、警察にもGHQ(連合軍総司令部)からの圧力があったのも確かである。 死刑が宣告されたが、文化人やマスコミは平沢貞通の冤罪を指示、法務大臣も無視することが出来なかったのであろう、結局は死刑が実行されることは無く、1987年95歳と言う年齢で獄中でこの世を去った。 ![]() この事件は正直、冤罪の可能性が高いと管理人は思っている。 今後二度と繰り返さないためにも是非、これからも調査を継続し真実を見出してほしい ※この事件は冤罪の可能性が高いため犯人と呼ばれる人物に敬称をあえて付けさせてもらう |