食人・奇形・猟奇事件研究所

猟奇殺人ファイル0037
狭山事件
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管理人のどのサイトに書くべきか迷った挙句、このコーナーにした事件である。
被差別部落で発生した事件の一つである。
1963年5月1日に、埼玉県狭山市の中田善枝さん(当時16歳)が行方不明となった。
同日に善枝さん宅に脅迫状が届いた。



また、善枝さんの自転車も善枝さん宅に戻ってきた。

脅迫状通り身代金の受け渡しに40人の警察が張り込みをしていたが、なんと、車で来ると予想していたが歩いて犯人が来たため取り逃がすと言う失態を警察は見せてしまった。
そして善枝さんさんの遺体が数日後に見つかった。

警察は、数日後、石川一雄さん(当時24歳)を逮捕したのである。





彼は部落民出身で、このような事件を起こすのは彼しかないと言う部落からの通報と、犯人を取り逃がしたための警官の焦りであろうか・・・また、善枝さんの埋められていた場所から数百メートルの場所に死体を埋めたと思われるスコップが発見され、それは近くの石川養豚所から盗まれたものと分かった。
石川一雄さんはこの養豚所で以前働いていたのである。

一審は死刑判決、二審は無期懲役判決の判決を受けた。

有名な冤罪(の可能性がある)事件として知られているが、多くの人が知らない部分もある。

まず、善枝さんが殺され、その関係者でおきた自殺騒動。
善枝さん宅で以前雇われていた奥富玄二さん(31歳)が農薬を飲み、井戸に飛びこんで自殺、彼は翌日に結婚が控えていた。
ただ、善枝さんから得られた体液と同様B型だった。

その5日後には、犯人を見たと言った田中登さん(31歳)が3人組の犯人を見たと警察に言ったが逆に疑われ胸にナイフを刺し自殺した。


1964年、中田登美恵さん(24歳)善枝さんの姉が農薬自殺。
1966年、石田登利造さん(24歳)(石田養豚場従業員で田中さんが見た3人組の一人という意見がある)が轢死自殺。


この事件は現在では多くの人が冤罪と言う判断を下している・・・
警官が生きた犯人を捕まえると言う立場上、でっち上げられた犯人と。




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