食人・奇形・猟奇事件研究所 猟奇殺人ファイル0055
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| 岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市)で1938年、「津山事件」という日本で最大の個人が犯した大量殺人が発生した。 犯人は、都井睦雄という21歳の青年であった。 都井睦雄都井睦雄は幼少時代に父母を亡くし、祖母の家に妹と過ごしていた、 父母は肺結核でで亡くなっており、自分も肺結核になるのではないかと日々恐怖を感じ引きこもり状態で過ごしていた。 犯行現場19歳のとき、徴兵検査で「結核」と判断され、彼はショックを受けた。 結核は今と違い、直らない死に至る病気であった事、軍人になれないことは、当時国のためにならない不名誉な事でもあったからだ。 彼は変わっていった。 まずは、女性に大変興味を持ち始め、夜這いやレイプといってもよいような行動に走った。 そのような行動、更に肺結核から都井は村八分状態になっていくのである。 そして彼は猟銃を購入し、山で射撃の練習をすることに没頭し始める。 当然、村人は不気味に感じ警察に通報する。 自宅からは日本刀、ナイフ、猟銃などが発見され、それらは没収されることになった。 村人は安心したが、都井は没収後も地道に武器を集めていた。 そして、1938年5月20日、都井は村人の大量殺人を決心した。 まずは、村に通じる電線を遮断し、村への電気をストップさせた。 そして21日になった午前1時40分に犯行を開始したのだ。 まずは、祖母の首を斧で切断・・・ そして近所の住民を日本刀や、銃で殺害し始めたのである。 約1時間30分の凶荒で28人が即死、重症の2人が後に死亡、3人が重軽傷・・・ 都井は猟銃で自殺した。 被害者の方々学生服を着て、手ぬぐいを頭に巻き、そこには2本の懐中電灯を挿し、猟銃、日本刀をもった姿はまるで鬼のようだったと言う。 この事件は後に「八つ墓村」のモデルになった。 映画・八つ墓村 |